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So, Coffee?

FEATURE
仕事とコーヒー
#02
#02

ノマドワーカーとカフェ

ノマドワーカーがカフェに求めるものとは?
LAから届いたワーキングカフェ最新事情

映画産業を中心としたフリーランスのクリエイターが多く暮らす街であるロサンゼルス。ポートランドやサンフランシスコに続き、ここでも“サードウェーブ”と呼ばれるスペシャルティコーヒーショップが林立し、シーンは盛り上がりを見せていた。そこにパンデミックが到来。世界がいったん停止を余儀なくされ、皆が仕事の仕方を根本的に考え直すことに。結果これまで以上にオフィスに通勤しない業種が増え、自宅やカフェで仕事をこなすリモートワーカーの顔ぶれも多彩になった。アフターコロナ時代を迎えた今、ノマドワーカーがカフェに求めるものとは何か? 彼らが集う2軒のカフェをもとに、ワーキングカフェの在り方を探ってみた。
Jun. 28, 2023

Nomad Worker and Cafe

photography & text:Aya Muto
edit:Shigeru Nakagawa
produce:Yuki Tadano(MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO)

オーナーのヘザー・ノックス(左)とジョッシュ・オリヴェロス(右)夫妻。飲食の世界で働いていた二人が、自分たちが行きたいカフェを作りたい、と夢を実現。20年以上空き物件だったこの場所をほぼ自分たちで修繕し、ジョッシュの両親の名前を店名に掲げた。

エスプレッソマシンの奥には、ヒューイー・ニュートン(ブラックパンサー共同創立者)の「私たちの任務は社会を変えていくこと。それを実行できるのは人々のみ」という言葉が掲げられている。コミュニティ貢献を目指す彼らならではのモットーだ。
物販スペースでは、ローカルな焙煎家によるコーヒー豆を販売する。コンプトン地区にカフェスペースも構える〈Patria Coffee〉は、スモールロットのスペシャルティコーヒーを安定した美味しさで焙煎する、彼らがいち押しするロースターだ。
〈Sugarbloom Bakery〉のペストリーは、オープン前から取り扱いたいと考えていた。バターと小麦粉を使った定番メニューから、グルテンフリーのドーナツやキムチとスパムのクロワッサンといった変わり種まで、楽しく美味しいラインアップが評判だ。
カフェ空間を媒介に、仲間のスモールビジネスを紹介することも『Obet & Del’s』の魅力。キュレーションされた観葉植物とデザイン性の高い植木鉢を組み合わせる〈WYLDBNCH〉もその一つ。商品でありながら、店内に緑を添える大事な存在。

コーヒーショップというコミュニティスペース

ヘザー・ノックスとジョッシュ・オリヴェロス夫妻が『Obet & Del’s Coffee』をオープンさせたのは、運命的にも2020年の1月のことだった。「コミュニティが集える場所を」と希望に満ちたスタートからわずか2ヵ月経ったところで、カリフォルニアでもパンデミックによるロックダウンが敷かれることに。幸い彼らは人々が日常生活を送る上で欠かせない仕事を担う「エッセンシャルビジネス」として規制にのっとった営業を認可され、パンデミック中もテイクアウトのみを提供する、といった工夫をしながら営業を続けたという。「ハリウッド通りに面したローケーション、でも一歩道を入れば住宅街。私たちはこのネイバーフッドのお客さんに支えられてここまできました」と、この近所に生まれ育ったヘザーは話す。やがて徐々に店内にお客さんを迎え入れられるようになってからは「コミュニティのマーケットプレイスとしての機能も持たせたい」と、友人たちのスモールビジネスを積極的にフィーチャーしている。プラントを“生きるインテリア”として提案する〈WYLDBNCH〉の観葉植物が空間に心地よい緑を演出し、ショーケースにはグルテンフリーやヴィーガンドーナッツも作る〈Sugarbloom Bakery〉のペストリーがずらり。カフェで使う〈Patria Coffee〉や〈Woodcat Coffee〉などローカルな焙煎家の豆が並ぶ棚には、自宅でも美味しいコーヒーを淹れられるように、とドリッパーやフレンチプレスも置かれている。

長居大歓迎の店づくり

ハリウッド通りに面する大きな窓から入る自然光が天井の高い空間に満ち、平日は特に常連客のリモートワーカーたちで賑わっている。お客さんに自由な時間を過ごしてもらうことが前提のカフェだから、壁に接したすべての席とカウンターの席にはコンセントをあらかじめ設置した。その数は30以上に上る。「カフェに居てくれるお客さんからもらうエネルギーは計り知れません」とヘザー。その感謝の気持ちを込めて、『Obet & Del’s』には“ボトムレス・ドリップ”という6ドルで無限におかわりできるコーヒーメニューまであるくらいだ。またラップトップをオフィスに、さまざまな形態の仕事をこなす誰もが相席しやすいように、シーティングの配置にも工夫が見られる。昨年冬には、オープン当初にジョッシュが手作りしたクッション付きのシーティングを取り払い、中古の木製ベンチに総入れ替えした。「あるお客さんに『駅のようだ』と言われましたが、どこかへ向かう途中の公共の場所、といった雰囲気が木製ベンチにはあるようですね」。カフェに訪れるお客さんの目的はさまざま。皆が使いやすく、そして開かれた空間を保つことを意識していろいろなエリアに席を設けている。窓際の向かい席、くぼみに配置した背付きの4人掛け席、壁沿いに並んで座れるベンチ席など、そのバリエーションは多彩。「観察していると店内の動線がより自然になり、相席もしやすくなったみたい」とジョッシュが満足そうに付け加える。レンガとウッドとアースカラーの内装がより際立ったオープンな空間は、オーナーが日々愛情を注ぎ込むカフェゆえの成長にほかならない。

リンジー・ボール /
グラフィックデザイナー(左)
アリアナ・セインズ /
イラストレーター(右)
二人は同じアートスクールに通った同級生。「このカフェは、お互いの家の中間地点でよく利用してる。今は近況報告しながらウェブデザインに取り組んでいるの」
アリー・ホーン / ライター・編集者
「今日は料理本と子供向けの本の編集作業、それに自分のライティングをこなしたわ。ここは、皆の目が刺激になって家にいるより仕事がはかどる。それに電源アクセスが良いのがありがたい。お腹が空いたら美味しいドーナツも頼めるしね」
ダニー・クエノ /
キャスティングディレクター
「プロダクション会社でリアリティ番組などのキャスティングをしている。去年夏にオフィスを手放し、社員全員が100%リモート体制になったんだ。人に会う合間に効率良く仕事をこなすのに、カフェは最適だね」
エリィ・ソクーン / 映像監督
「人が出入りするカフェの視覚的カオスが良い刺激になるので、よくこのカフェで打ち合わせしたり、書き物をしているよ。今は自分が脚本を書いた作品のムービー制作をしているので、ヘッドフォンをして作業に没頭する時間が多いけどね」
  • リンジー・ボール /
    グラフィックデザイナー(左)
    アリアナ・セインズ /
    イラストレーター(右)
    二人は同じアートスクールに通った同級生。「このカフェは、お互いの家の中間地点でよく利用してる。今は近況報告しながらウェブデザインに取り組んでいるの」
  • アリー・ホーン / ライター・編集者
    「今日は料理本と子供向けの本の編集作業、それに自分のライティングをこなしたわ。ここは、皆の目が刺激になって家にいるより仕事がはかどる。それに電源アクセスが良いのがありがたい。お腹が空いたら美味しいドーナツも頼めるしね」
  • ダニー・クエノ /
    キャスティングディレクター
    「プロダクション会社でリアリティ番組などのキャスティングをしている。去年夏にオフィスを手放し、社員全員が100%リモート体制になったんだ。人に会う合間に効率良く仕事をこなすのに、カフェは最適だね」
  • エリィ・ソクーン / 映像監督
    「人が出入りするカフェの視覚的カオスが良い刺激になるので、よくこのカフェで打ち合わせしたり、書き物をしているよ。今は自分が脚本を書いた作品のムービー制作をしているので、ヘッドフォンをして作業に没頭する時間が多いけどね」

「3つ目の場所」としてのカフェ

“タイタウン”の愛称でも知られるこのイーストハリウッド地区には、ネットフリックス本社もあり、周りには撮影スタジオも多いという。常連さんのなかには、映像作家や脚本家も少なくなく、事務所を持たずに自宅や撮影場所で仕事をするセクターが多い、ロサンゼルスの象徴とも言えるような面々でカフェは日々賑わっている。話を聞いたお客さんのなかに「自宅でもなく、仕事場でもない3つ目の場所の大切さ」を説いてくれた高校の音楽教師がいた。伝統的にはそれが街の広場であったり、コミュニティセンターであったり、教会であったりしたが、忙しい現代人にとってはコーヒーの周りに集えるカフェがその役割を果たしているのかもしれない。「自宅にはない緊張感がここにはある。他のお客さんの目に励まされて、仕事がはかどる」というフリーランス編集者の声もあった。必ずしも対話をするわけではないけれど、クリエイティブな交信がいつ起きてもおかしくないような心地よいテンションが張り詰めているのは、ヘザーとジョッシュがこのカフェをコミュニティスペースとして全面的にプッシュしているからだろう。さまざまな創造力を駆使して仕事に取り組むお客さんたちの憩いの場であり、仕事場であり、ときには交流の場として、このカフェは日々脈打っているのだ。

Obet & Del’s Coffee

5233 Hollywood Blvd. Los Angeles, CA 90027
6:30 - 16:30 無休
www.obetanddels.com

焙煎機のあるカフェの始まり

カルバーシティという、建築事務所やクリエイティブオフィス(近年ではアップル社やナイキ社も近隣にオフィスを設立)が多く拠点を置くエリアに、2013年にオープンした『Bar Nine』。当時はスペシャルティコーヒーブームがロサンゼルスにも押し寄せ、“サードウェーブ”という名でこのコーヒー周りの現象をメディアが盛んに取り上げていた時代だ。シングルオリジンの豆で産地の特色をフィーチャーし、豆の味を前面に引き出す焙煎で、ワインのようなテイスティングノートを記録することが、コーヒー通の間に浸透していった時期であった。ポートランドやサンフランシスコを席巻したコーヒームーブメントは、ロサンゼルスにも大きな影響を与えたことは言うまでもない。『Bar Nine』は、コーヒー通なら誰しもが知るスポットで、パンデミック前はカッピング(豆のテイスティング)など、コミュニティを巻き込んだコーヒーイベントをたくさん行っているカフェだった。

共同オーナーのゼイド・アル・ナクイブ。彼が淹れたコーヒーがきっかけとなり、ビジネスパートナーのジェレミー・ピッツともに『Bar Nine』を設立。2020年に自然派ワインを提供するカフェ『TEN』をオープンさせ、今年夏には3店舗目のカフェを開店予定。

『Bar Nine』の広い空間の中央には〈Probat〉の焙煎機が鎮座し、豆のローストからコーヒーを体験できるカフェとして、オープン当初から愛好家たちに愛されてきた。共同オーナーのゼイド・アル・ナクイブが提案するメニューは、キャラメルのように丸みのある風味の“Bonbon”、花のように芳しく軽い“Flora”、そしてフルーツとしてのコーヒー豆の複雑な風味を演出した“Fruta”の3種が骨格となる。それをコールドプレス、フィルター、そしてエスプレッソとお客さんの好みの淹れ方で準備し、希望があればホールミルクのほかオーツミルク、自家製ヘーゼルナッツミルクと合わせて各種のドリンクにバリスタが仕上げていく。創業当初から、あえて低く作ったカウンター下に各種マシンを設置する〈Modbar〉社のシステムを取り入れ、お客さんとの対話を妨げないようなデザインを率先して取り入れているこのロースターカフェでは、注文するところからコーヒー話に自然と花が咲くように配慮されている。

新たなコーヒーの楽しみ方

広い空間中央に浮くカウンター席、焙煎機の周りのスタンディングバー、そして奥に大きな共同テーブル、と広大なスペースを存分に利用したシーティングのカフェも、パンデミック中はその扉を閉めざるを得なかったという。2023年が明けてようやく店内にお客さんを入れての営業を再開するまでの間、ロースター業に専念するとともに、以前から研究していた新しいエスプレッソの楽しみ方を「Pure Espresso」というオリジナルプロダクトとして完成させた。これは、徹底したクオリティコントロールのもと、25-28ショット分のエスプレッソが充填されたボトルで、カクテルやベイキングなど、その用途は工夫次第で無限大だという。オフィスや自宅でも同じクオリティのコーヒーを楽しんでもらえるように、と店頭では750mlのボトル入りの「Pure Espresso」が販売され、近隣のオフィスからのお客さんが数本ずつ買っていくこともあるという。

以前からの構想をパンデミック中に形にした「Pure Espresso」。完璧なクオリティで抽出した3種のフレーバー“Bonbon”、“Flora”、“Fruta”のエスプレッソが揃う。これで自宅やオフィスにマシンがなくてもエスプレッソが楽しめるように。
カフェに導入されている〈Modar〉のスチームワンドで「Pure Espresso」を熱すると、美しいクレマを引き出すことができる。カウンター下にマシンが収納されることで、お客さんとの境界が低くなり、ドリンクが作られる様子も楽しみやすい。
天窓から入る自然光を受けて、美しく照らし出された〈Probat〉の焙煎機。カフェ中央に鎮座したこのロースターが稼働することで、まったりとした空間に“動”の要素がプラスする。焙煎機を囲んだ立ち飲みカウンターも、広い空間を多目的に使う工夫の一つ。
トニックウォーターに「Pure Espresso」を2ショット落とした、二層色の美しいエスプレッソトニックは喉ごしも爽やかな飲み方だ。お客さんの希望でどんなドリンクでも作るというメニューを置かないシステムも、コーヒー通にはたまらない。

常連さんは、仕事で長居する間にいろいろな飲み方でコーヒーを楽しんでいるようだ。今年9周年を迎えた『Bar Nine』では、マセレーション(さまざまな方法で発酵させ、複雑な味を引き出すプロセス)したビンテージ豆をアニバーサリーブレンドとして期間限定でメニューに加えていた。ノマドワーカーのように仕事をし「ながら」のお客さんにも、コーヒーの奥深さに触れてもらいたい、とゼイドたちは日々工夫と探求に余念がない。

モリー・トレーシー /
インフルエンサー・エージェント
「今日はここで旅行代理店の方とミーティングをしました。私の場合、ラップトップが“オフィス”なので、カフェで仕事をすることが多く、いろいろな人に刺激を受ける環境を常に探していますね」
ザック・ジェンケンス / 公務員
「同僚の多くはサクラメントだけど、僕は100%リモート勤務。今日の午後はビデオ会議があるので、その資料を作成しているんだ。家だと気が散ることが多いけど、カフェだと日常と切り離されるから集中できるんだよね」
ロン・ジョインビル / 会計士(左)
リオ・アンダーソン / IT系オペレーション(右)
生後3ヵ月の赤ちゃんと連れ立って来店した新米パパとママ。「音楽のセレクトがいいから、良い気分転換になる。一緒にいながら、各々の仕事に専念できるのもいいね」
ギアン・レイエス / 看護師研修生
「パンデミック中にテックデザイナーから看護師に転職する決意をし、猛勉強しました。今は学士取得後の研修中。カフェは膨大な量の課題に没頭するのにもいいし、バリスタとの会話も楽しめる貴重な場所ですね」
グレイ・マククラムロック /
動画カメラテクニシャン
「最近ロサンゼルスに越してきたんだ。近くに住んでいるので、現場に行かなくてもいい日はよく来ているよ。家でもコーヒーを飲むけど、カフェで淹れてもらうコーヒーはひときわ美味しいからね」
  • モリー・トレーシー / インフルエンサー・エージェント
    「今日はここで旅行代理店の方とミーティングをしました。私の場合、ラップトップが“オフィス”なので、カフェで仕事をすることが多く、いろいろな人に刺激を受ける環境を常に探していますね」
  • ザック・ジェンケンス / 公務員
    「同僚の多くはサクラメントだけど、僕は100%リモート勤務。今日の午後はビデオ会議があるので、その資料を作成しているんだ。家だと気が散ることが多いけど、カフェだと日常と切り離されるから集中できるんだよね」
  • ロン・ジョインビル / 会計士(左)
    リオ・アンダーソン / IT系オペレーション(右)
    生後3ヵ月の赤ちゃんと連れ立って来店した新米パパとママ。「音楽のセレクトがいいから、良い気分転換になる。一緒にいながら、各々の仕事に専念できるのもいいね」
  • ギアン・レイエス / 看護師研修生
    「パンデミック中にテックデザイナーから看護師に転職する決意をし、猛勉強しました。今は学士取得後の研修中。カフェは膨大な量の課題に没頭するのにもいいし、バリスタとの会話も楽しめる貴重な場所ですね」
  • グレイ・マククラムロック / 動画カメラテクニシャン
    「最近ロサンゼルスに越してきたんだ。近くに住んでいるので、現場に行かなくてもいい日はよく来ているよ。家でもコーヒーを飲むけど、カフェで淹れてもらうコーヒーはひときわ美味しいからね」

映画のシーンを作るように

平日のカフェ風景には、コーヒーを片手にラップトップを開いている姿がここでも多く見られる。パンデミック以降はやはりお客さん同士の距離感を再考し、共同テーブルを外して別個のテーブル席を設けたり、スタジアム・シーティング(階段席)も奥に設置し、より拡散して座ってもらえるように配慮した。暖かい日は入り口を大きく開け、天窓から入る自然光がウェアハウス的な空間を優しく包み込む。自転車に乗ってくる近隣の常連さんも多く、入り口手前にはミルクカートンをひっくり返しただけの屋外席も用意している。焙煎機が稼働している日は「それが良いホワイトノイズになって集中できる」というお客さんもいるようだ。また「天気の良い日はアップビートなプレイリストをかけたりするけれど」というゼイドは、常にお客さんの様子、混み具合、さらには天気までを考慮して、その時点でのカフェの雰囲気を反映したBGMを流している。「映画のシーンを作るように、内装や音楽をそっと背景に置いている」という『Bar Nine』には、オフィスや自宅にない開放感を求め、さらにコーヒーという魅惑の飲み物にまつわるカルチャーに浸りながら仕事をするリモートワーカーたちが、今日も各々の居場所を見つけている。

Bar Nine

3515 Helms Ave, Culver City, CA 90232
8:00 - 16:00 無休
www.barnine.us

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