UCC ひと粒と、世界に、愛を

So, Coffee?

FEATURE
二拠点生活とコーヒー
#02
#02

松㟢翔平

俳優

根なし草だからこそ軽やかに。
松㟢翔平の拠点に縛られない暮らし方。

俳優、モデルとして活動する松㟢翔平さんは、現在東京と関西の二拠点生活を送る。都内のシェアハウスを転々とし、リアリティ番組『テラスハウスTOKYO 2019-2020』の出演前は半年間台湾に在住するなど、住む場所へ柔軟な考え方を持つ彼が、暮らしに対して思うこととは一体。「ここにいるときは完全にオフモード」と話す関西のお住まいで、コーヒーを飲みながら二拠点生活について語ってもらった。
Jul.24.2023

Shohei Matsuzaki

photography:Naoto Date
interview & text:Ku Ishikawa
edit:Shigeru Nakagawa
produce:Yuki Tadano(MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO)

ご用意したコーヒーは、自宅で世界のカフェタイムが楽しめる「CAFE@HOME CAFE HOPPING 5P」。コーヒー豆にはアルファベット3文字で都市名が振られていて、手土産に持っていくと自然と場が盛り上がる。「“MEL”ってなんですか? あ、メルボルンか。どんな味なんだろう?」と松㟢さん。
かつてハンドドリップでコーヒーを淹れていた記憶を思い出したという松㟢さん。「マシンは楽ですけど、ハンドドリップだと淹れているときの香りからマグカップ選び、そして飲み終わるまでのひととき、すべてがコーヒー体験になりますね」

どこに住んでいても、どこか部外者のような感覚

— 松㟢さんの引っ越し遍歴を簡単に教えてもらえますか。

大学1年生まではずっと埼玉県の実家に住んでいました。それから大学卒業まで川崎で同棲。卒業後は1人暮らしでしたが、知り合いの家に入り浸ったりして、いろんなところに寝泊まりすることも多かったです。その後、1年間ほど台湾でシェアハウスに住み、帰国後に『テラスハウスTOKYO 2019-2020』に出演。退去後は後輩と一緒に住んだり、友達とシェアハウスしたりして、2022年から関西に拠点を持ちました。

— アドレスホッパー的と言いますか、1つの拠点に落ち着くという考えがあまりなさそうに思います。

そうですね、どこに住んでいてもどこか部外者という感覚があります。絶対にこの場所が良い、と思ったこともありませんね。だから「この場所で錦をかざってやるぞ!」というマインドを持ったこともないので、東京で出会った地方出身の友人たちが、そういう意識で頑張っているのを見ると、羨ましいなって思いますね。「東京で成功して、地元に帰りたい」って、拠点という考え方があって成り立つものじゃないですか。

— そうは言っても、台湾を除けば今までは都内近郊にお住まいだった松㟢さんが、関西に拠点を持つというのは大きな決断だったのではないでしょうか?

コロナで何回も何回も「まん防」が出て、なんか暗い気持ちになっちゃって。いいタイミングで関西に縁ができたので、そっちに住んだら気分転換になるんじゃないかなと。時期的に住まいを移すことは世間からすると抵抗感を覚えられるかもしれなかったので、東京に住んでいるときのような外出はかなり減らして、家に籠もるようにしていましたね。そもそもこのへんにはお店はほとんどないので、遊びに出ることはあまりないですが。

— でもゆかりのない場所に住むことに、不安はなかったのですか?

全然知らない場所に住むのが好きなんです。台湾に住むときも同じ心持ちでした。とはいえ、どこにいても何か変わるわけでもなく、のんびりとマイペースに暮らしています。俳優の仕事は現場に行ければいいですし、毎日決まったオフィスがあるわけでもありませんしね。

強制的にのんびりできることが、
すごく幸せ

— どれくらいの頻度で東京と関西を往来しているのですか?

時期にもよりますが、2週間ずつくらいですね。東京を拠点にするときは、事務所に寝泊まりしています。

— 東京と関西で過ごし方の違いはありますか?

東京ではできるだけ拠点先にいないよう、知り合いの店やイベントに顔を出したり、移動し続けていますね。東京って、ふとしたときに何かが起こって、それが仕事や制作につながることが多いので、その場にいることがとても大事だと思うんです。逆に言うと、常に外に出ている分、内省することはあまりない。

一方、関西ではほとんど家から出ません。本当にオフモードで、この家は休憩部屋という感じですね。誰からも誘われないし、物理的に行けないという状態で、強制的にのんびりできることが、すごく幸せです。年齢やキャリアを考えると、「こんなにのんびりしていていいのか?」と思うこともあります。でも自分としては、これも1つの実験的な取り組みなので、こだわりを持ちすぎず、また転機があれば軽やかに拠点を変えたいと思いますね。

— 関西での1日の過ごし方をお聞きできますか?

朝起きて、メールを返して、なにかしらの作業をしていますね。今は撮りたい映画の脚本を書いていることが多いです。その後ブランチを食べて、昼寝をして、夕方からまた作業。夕食をとったら、ゲームをしたり映画を観たり。寝る時間は特に決めていないですが、大体3時くらいでしょうか。

あとは、散歩をすることもあります。長いときは1時間ほどプラプラと。住宅街でも自然が多くて、散歩の途中に、つくしやきのこを取ったりすることもありますよ。友人の父親が、山登りや釣りが好きで、山菜の生育地とか教えてもらったりして。でも自給自足をしたいってわけじゃなく、なんでも自分で体験してみたいってだけですね。

二拠点生活をしているという感覚はない

— 二拠点生活のデメリットを感じる部分はありますか?

純粋に移動が大変です。東京に行くときは、なるべく荷物を軽くするため、本当に使うものしか持っていきません。着替えも最小限で、下着はたくさん持っていくけど、上に羽織るフーディは1着だけとか。

でもそういう、傍から見ると無駄と思われるかもしれない体験を、実際にやってみるのは自分にとって大事なことなんです。結果的に人生にどう返ってくるのかはわからないけど、すべてを前向きに経験してみたいし、今はそれができていますね。

— 制作に対して、場所が影響することはありますか?

誘惑が少ないから、作業に集中しやすいのはたしかです。時間の流れがゆっくりで、没頭できるんですよ。今は俳優の仕事がメインですが、自主制作は高校生のときからずっと続けていて、今も続けています。住処を変えることで、すぐに変化があるわけではないですが、いつかじわっと影響してくるのかもしれないです。気づかないうちに。

— 身近な人から「二拠点生活をしたい」と言われたら、どんなアドバイスをしますか?

うーん……そうですね、まずはやめた方がいいよ、と言うかもしれません。僕はもともとインドア派で性格的にすごく合っていると思いますけど、移動はやっぱり大変だし、暮らし全体で見たら無駄なことの方が多いと思います。効率とは真逆の暮らし方です。

あと、僕の二拠点生活って皆さんの想像とはちょっと違う気がします。二拠点生活というと、海や山などの自然の多いところを生活のベースにして、東京をはじめとする都会に仕事の拠点を持つ、というイメージが多いですよね? でも僕の住んでいるところは、わかりやすい大自然があるわけじゃないし、地方都市の住宅街です。それでも仕事場の東京から離れることで気づくことはたくさんある。30代目前に、こういう体験をできていることは、今後の人生を練ることに大いに役立ちそうな手応えがありますね。

本日のコーヒー
CAFE@HOME

CAFE HOPPING 5Pギフト

メルボルン、ハワイ、オスロ、パリ、そしてマイシティの5つのテイストを真空パックしたコーヒー豆にペーパードリッパーが付いたセット。松㟢さんが選んだのはオスロ。「まず香りがすごく良いです。飲み口が軽く、ゴクゴク飲めますね。複数種入っていてパッケージも素敵だし、お呼ばれした際の手土産に良さそうですね」

現場ではコーヒーの存在そのものが尊い

— コーヒーは1日にどれくらい飲まれますか?

1日に3杯ほど飲みますね。朝ご飯代わりや、作業中の飲み物として。元々はブラック派だったんですが、砂糖とミルクをたくさん入れて、カフェオレのようにして飲む友達を真似したら、美味しくて。今はその飲み方とブラックを半々くらいで飲んでいますね。

以前は、豆を挽いてハンドドリップを楽しんでいましたが、関西の家では〈NEUTRAL〉のドリップ式のコーヒーメーカーを使っています。引っ越してから購入したものですね。フレーバーは深煎りのはっきりした味の方が好みです。

— コーヒーにまつわるエピソードがあれば教えてください。

映画の撮影現場では、ポット入りのコーヒーが主流です。特に寒い現場のときは、味うんぬんではなく、暖を取れるコーヒーという存在そのものが演者やスタッフにとってありがたく感じます。以前、助監督として手伝っていた現場にコーヒーがなくて、でもあまりに寒すぎたので、無理を言ってポットのコーヒーを手配してもらったのは良い思い出ですね。

松㟢翔平

俳優
まつざき・しょうへい|1993年、埼玉県生まれ。俳優やモデルなど多岐にわたり活動中。最近の出演作は、ドラマ『対ありでした。〜お嬢さまは格闘ゲームなんてしない〜』(Lemino)、映画『北風だったり、太陽だったり』(森岡龍監督)、『激怒』(高橋ヨシキ監督)、『kidofuji』(下社敦郎監督)など。料理好きで、台湾での在住経験を生かした、オリジナルレシピの魯肉飯を販売したこともある。
PAGETOP