UCC ひと粒と、世界に、愛を

So, Coffee?

FEATURE
山とコーヒー
#02
#02

中瀬 萌

アーティスト

厳しさも優しさもすべて山が教えてくれる。
中瀬萌の心地いい山との距離感。

アルプスに囲まれた長野の町に住み、アーティストとして活動する中瀬萌さん。彼女の今の暮らしは制作を通しての自己表現というアウトプットと、登山を中心に自然を介してのインプット、この両輪あってこそ。制作拠点とするのは、彫刻家の父親が神奈川県相模原市の山の中に構えたアトリエ。穏やかな山景を望めるこの場所を訪ねて、「幼い頃から山の中にいる」と話す彼女が山に対して抱く想いを、淹れたてのコーヒーを飲みながら聞いた。
Sep.25.2023

Moe Nakase

photography:Kazufumi Shimoyashiki
interview & text:Nao Kadokami
edit:Shigeru Nakagawa
produce:Yuki Tadano(MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO)

コーヒードリップに必要なギアをまとめた登山用の“コーヒーセット”に収められたシングルバーナーとケトル。「季節を問わず、山で飲むコーヒーはホット。山で温かいコーヒーを飲めることに幸せを感じます」

「紙のコーヒーフィルターも使いますが、ゴミを極力出したくないときは折り畳み可能なメタルのフィルターが便利です」。登る山に合わせてアイテムを毎回入れ替え。豆もその山に一番合いそうなものを吟味。その時間が楽しいのだとか。

冬山好きな父の語りが
じわじわ浸透していった

— 元々このアトリエはお父さま(彫刻家の中瀬康志さん)の制作拠点だったそうですね。

はい。両親が東京藝術大学の出身で、父親がアトリエを持つために引っ越してきたのが、ここなんです。自宅が併設されていて、私はこの地で生まれ育ちました。外を見渡せば山があり、そもそもこのアトリエ自体も山の中にあるので、学校の登下校も山登りみたいな感じでした。幼い頃からずっと山にいるから、私にとってはあんまり特別なものではなくて。「登山しよう!」と装備を揃えて行くような“非日常”な場所ではないというか。

— こんなにも山景に恵まれた場所に住居兼アトリエをつくるとは、もしかしてお父さまも山好きだったり?

父親は冬山に登るのが好きなんです。ただし私たち家族は連れて行ってくれなくて、いつも一人で山に入り、山頂で撮った写真だけ送られてくる。あと、お土産話はめちゃ多いんです! 「冬の雪山ほど素晴らしい場所はない」「他に人もいないし星もきれい。こんな空間を独り占めできる場所は他にはない!」……話ばっかりもういいよ、と(笑)。父親は自由人なので、たぶん一人で行きたいでしょうね。でもそんな話を聞くうちに、自分にもじわじわ浸透していった部分は少なからずあると思います。テントを持って山に向かう姿や家に置かれたザックの数々などを見ていたので、“いつか自分も登りに行きたいな”と。

— そんな山への憧れを抱えながらも、2012年に上京。中瀬さんの人生では初めて山から離れた時期とも言えるのでは。

そうですね。東京に住んだのは3年程度でしたが、今思うと当時はできるだけ自然のある場所へ行こうとしていたかもしれません。休日になると二子玉川のような河川敷に出かけたり、緑道を散歩したり。都心に近い街には住みませんでした。それでも自分の肌に合わず、“自然”に帰ってきたという部分はたぶんあって。今の生活は、長野県のアルプスに囲まれた町に住み、制作に入るときには車を2時間半ほど走らせて、ここ藤野町に帰って来て作業するというリズムです。月に何度も往復しますが、景色がいいので移動は苦じゃないです。

— 東京暮らしを経て、中瀬さんの山との関わり方に変化はありましたか。

山を登る頻度が増えました。山に詳しい友達に雪山に連れて行ってもらったり、1人でも結構登りに行くようになりました。山だけじゃなくて海や川もそうですが、自然は人間にすべてのことを教えてくれる。厳しさや優しさはもちろん、山の湧き水を見て「この地域の水道の源流はどこだろう」「自分の今、飲んでいる水は?」などと考えるうちに、自分自身の暮らしに向き合うきっかけにもなる。そういう意味では、山に登る行為はすべて自らに還ってくると感じます。

頂上を目指すよりも
登山の過程を楽しみたい

— 最近はどのくらいの頻度で山に通っていますか。

しょっちゅう行きます(笑)。「山は逃げない。かといっていつでも行けると思っていたら時期を逃す」と、よく仲間内で言っていて。だからわりと直感的に今日行こうと思ったら、ザザザッと準備して山に向かいます。そんな感じが好きです。思い立ったタイミングでおにぎりを握り、運動がてら登って、「気持ちいい〜。さ、帰ろ」みたいな。前もって計画して動くのが苦手なのもありますが、山って本当に天気が急に変わっちゃうんですよ。だから、行けるときに行きたい山が晴れていたら行く。

— “行きたい山”のレパートリーが豊富だからこそできる楽しみ方かもしれません。

同居するパートナーがアルパインクライマーや山のガイドとして活動していて、彼とよく登りに行くんです。今住んでいる家が全方位アルプスに囲まれているので、外に出て空模様を見て、「今日はあっちの方面の山にしよっか」と決めたり。このアトリエのある藤野町の周辺は低山が多いのでよく散歩に行きます。作業が一段落ついたときや逆に考えがまとまらないときに、いったんピリオドを打つような感覚で、山に足を延ばすことが多いです。

— 山が生活の一部である中瀬さんにとって山はそんなにもすぐアクセスできる場所なんですね。登山に慣れていないうちは「どこの山なら自分でも登れそうか?」という基準で、山を調べる人が多いように思うので。

たしかに、未経験の方から「どこの山がおすすめですか?」と聞かれることは多いです。でも「どこでも!」と私は答えちゃう(笑)。日本のほとんどの山に名前がつけられていますし、登山道が整備されていれば私はどこでも登りますね。中には山に造詣が深くて、名前のない“無名山”を開拓する人もいますが。

— 登山の目的も方法も人それぞれなのでしょうね。中瀬さんはどんな登り方が好きですか。

私は山頂を目指す“ピークハント”にはそこまで興味がないかもしれません。だからゴールをあまり意識しなくてよいと思っていて。山に行くこと自体が好きなんです。わざわざ頂上まで行かないで途中で引き返すのも登山だと思う。目標地点に到達することの達成感を求めるというよりは山登りの過程を全部楽しみたいです。

地球上を旅して、
自分の範囲をもっと広く

— たとえばパートナーの方と一緒に登るとき、どんなムードが流れるのでしょう。やはり山が好きな2人は景色や登ること自体に集中するのですか。

行きはほぼ無言の時間はなくて、ずーっと喋っています。復路はさっさと家に帰ろうとトレランばりにダッシュしますけどね。2人とも対話することがすごく好きなので、社会のことや今後の未来のこと、山を含めた自然の素晴らしさをどうすれば他人に感じてもらえるかなど、いつも話しています。

— 山で話したことが2人の暮らしの軸になっているんですね。

そうかもしれない。今年の夏パートナーが、長野で小学1〜6年生を対象にした3泊4日のネイチャースクールを主催し、私もプログラム運行・講師・スタッフとして子供たちとともに過ごしました。登山経験がない子ばっかりでしたが、メインコンテンツは計8時間の登山。足を擦りむいたりずっこけながらも、履き慣れた運動靴で、みんなガシガシ登れました。彼らの姿を見ていると「登山するなら持ち物は?」「シューズはどんな機能が必要?」と考えてしまうことが、なんとなく恥ずかしくなりました。山って行くか行かないか、本来はそういうものだったなって。

— 大人になると、子供のときよりも恐怖心が強くなるのかもしれません。

そういえば去年山梨の赤岳に、雪が残る時季でしたが、山登り未経験の姉を連れて行きまして。頂上に着くと、姉は感動のあまり泣きながら「こんな経験、したことがない!」と山を好きになってくれました。それが私は嬉しくて、体力が心配な母はお留守番でしたが、その次は父親も誘って3人で浅間山へ。途中で私のパートナーも合流して、4人で山頂に行きました。思えばそれが父親との初めての山登りでしたね。

— 改めて中瀬さんの他者を巻き込むパワーが素晴らしいです。そのバイタリティはどこから湧いてくるのでしょうか。

最近、自分の中に“地の旅”というテーマがあるんですよ。子供が日々成長するように大人も常に変化していく。その楽しみを味わいたいなと思っています。山に入ること、海で波に乗ること、ヨガで自分の体と向き合うこと、ランニングすること……私にとってはすべて旅。地球上を旅して自分の範囲をもっと拡げたいです。そうして動くことで自分がどう変わっていくのかを、作品を通して表現したい。

— 山に行くというライフワークも作品作りに繋がっているんですね。

そうですね。むしろインプットだけでなくアウトプットまですることで、やっと自分の中でバランスを取れる感覚があります。逆のことも言えて、だからこそ一拠点にとどまってその範囲しか知らないのはもったいないなと。登山やサーフィンのためなら移動は惜しまない。とにかく移動し、旅をし続けたいです。もっといろんな山に登りたくて最近クライミングも始めました。いつかタイミングが来たら、海外の山にも行ってみたいです。モンブランとか!

本日のコーヒー
UCC

ゴールドスペシャル 炒り豆
スペシャルブレンド 250g

豆の産地や銘柄ごとに、秒単位で火加減をコントロールしながら単品焙煎。甘い香りと風味豊かなコクが特長。豆と粉の2タイプから選べる。「くせがなく、後味も苦くないので、さっぱりと飲めるのがいいですね。アイスにしてもおいしそうです」

その山に合う方法で
淹れた一杯で自分をいたわる

— コーヒーはよく飲まれますか。

毎日2〜3杯は必ず飲みます。でも今回のテーマの通り、私自身は山で飲むコーヒーが一番おいしい! 食後のデザートみたいに、山登りで一段落ついたらコーヒーを淹れて、「お疲れ自分」といたわると決めています。登山に携行するコーヒーセットも用意しています。コンテナバッグにコーヒーフィルターやカップなど必要な道具をまとめて収納してザックに入れて。コーヒーは挽きたてがやっぱりおいしいので、保存用袋に豆を入れてミルと一緒に持参しますが、高山に行く日で荷物を軽量化したいときはコーヒーバッグを5個くらい持って行きます。そこに絶対的なこだわりはなく、でもなるべくおいしく淹れる、という感じ(笑)。

— 以前バリスタとして働いていた中瀬さん。おいしく淹れるコツはありますか。

大切なのはやさしく淹れること。前におにぎりが上手な人に秘訣を聞くと「おいしくなあれ」と唱えるとほどよい力加減で握れると言っていました。それはコーヒーにも通じる気がします。理屈を言えば、コーヒー豆と湯量のバランスや湯温などいろいろありますが、それは家でも実際に淹れてみて、いいさじ加減を実験的に探っています。あと、山によっても淹れ方は変えています。標高が高い山だと温度が下がりやすいので熱々まで沸騰させて、湯が適温になるのを少し待ってから淹れてみたりもします。

— おいしく飲むための手間暇は惜しまない、そんなコーヒーとの向き合い方が伝わります。

コーヒーを飲むときはもちろん、淹れているときにもわんと湯気が立つ感じがいいんです。また、鮮度の高いコーヒー豆を使って淹れている音がぶくぶく立つのも嬉しい。パートナーもコーヒー好きで、「今日はどのコーヒー豆を持っていく?」と話し合うのも日常です。山で飲むときは、さっぱり涼しい飲み心地の浅煎りのコーヒーが私は好きですね。でもキャンプに行くときや、朝一番にゆっくり飲むときは深炒りもおいしい。

— このアトリエでコーヒーを飲むことは?

ありますよ。冷える時季はコーヒーを淹れる温かみを感じたくて、飲む量が自然に増えます。暑い時季は朝に飲むと、体のだるさが少しとれたりシャキッと目覚められる気がして。あとは制作中というよりも、作業を始める前にコーヒーを淹れることが多いかな。コーヒーは私にとって気持ちのスイッチですね。

中瀬 萌

アーティスト
なかせもえ|1993年生まれ、神奈川県出身。2016年からアーティストとして作品制作を始め、国内外で展示を行う。溶融した蜜蝋に色素を混ぜ合わせる絵画技法「エンカウスティーク」を用いて、これを独自の手法に発展させた作品を多く手がける。現在制作中の作品のテーマは“地の旅”。東京に住んでいた頃にはコーヒー好きが高じて、都内の有名コーヒー店でバリスタとして働いていた時期も。
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