たなかみさき
似て非なる都市で交互に送る生活がどちらも大事。
たなかみさきの二拠点生活のリアル。
Misaki Tanaka
photography:Naoto Date
interview & text:Ku Ishikawa
edit:Shigeru Nakagawa
produce:Yuki Tadano(MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO)
刺激的な東京と、のんびりできる熊本を行き来できる幸せ
— どれくらいのペースで東京と熊本を行き来しているのでしょう?
1ヶ月ごとです。イラストは机があれば描けますし、ラジオは遠隔でも収録できますから、そもそも場所に縛られないワークスタイルではありますね。
— でも毎回飛行機での移動は大変じゃないですか?
移動時間は約4時間で、慣れてきて短く感じてはきましたね。飛行機では寝ていることが多いです。でも飛行機が大の苦手で、着いたら1週間ほど自分の身体から魂を持っていかれる感覚になりますね。その期間は全然使いものになりません(笑)。自分でこういう生活を選んだにもかかわらず、「なんで私だけこんなに大移動しなきゃいけないんだ、今すぐ一拠点に絞りたい」ってその間は本当に思いますね。
— それでも二拠点を続けているのはなぜでしょう?
月並みかもしれないけれど、東京という刺激的な場所と、熊本というパートナーがいてのんびりできる場所の2つを持っていることは、今の自分にとってはすごく大事です。東京の豊かさと、熊本の豊かさはそれぞれ違っていて、東京は刺激的だけど揉み返しのように来る虚しさも同時に感じます。主に消費されていくスピード感についていけない瞬間とかですね。
一方、熊本にある動かせない自然、人工的ではない豊かさは、私にとって今でも新鮮です。メンタルが弱っているときは「何もないな〜」なんて思ってしまうんですが、窓から景色を眺めると大きな山があって、故郷と言われて想像するのは、きっとこんな景色なんだろうなと思います。そんな全く違った豊かさを持つ土地を行き来していると「生きてるな!」って感じがするんです。二拠点生活を送っていることを理解してくれている熊本のパートナーには感謝しかないですよ。
東京の同居人に救われることもたくさんあって。彼女はかわいらしい大型犬みたいな人で、帰ると「みさきさん、おかえりー! カラオケ行こー!」って……。あとは深夜までずっと話していることも多いです。大切なことからくだらないことまで。10年来友人といまだにこんなにも話すことがたくさんあるってすごいことだし、お互いに変化の多い人生を歩んできたんだなと思いますね。
ずっと絵を描いているのは変わらないけど、
着想のプロセスが違う
— 熊本での生活についても教えてください。こっちに来ると生活リズムは変わりますか?
朝起きる時間とか、ご飯を食べる時間とか、そういうリズムに変化はないですね。でも、モードが全然違います。東京から熊本に来ると「今回も痩せて帰ってきたね」ってパートナーに言われるんです。張り詰めている感じが出ているそうで、「違う人みたい」とも。自分では意識していませんが、そうなんでしょうね。打って変わって、熊本では顔の輪郭からほっぺたがはみ出るくらい、ずっとニヤーッとふやけてます(笑)。
— なるほど(笑)。こちらではどのように過ごされているんですか?
インドア派なので、東京でも熊本でも基本的にはずっと家にいますね。「BeReal」というアプリで日常の風景を記録しているんですが、全然代わり映えしません。1日の半分以上は絵を描いていますね。仕事じゃなくても、ずっと描いています。
— 環境によって作品に変化はあるんでしょうか?
それぞれの場所での生活が絵に影響する気がします。タッチが変わるとかではないですが、描きたいモチーフに行き着くプロセスは全く違いますね。熊本ではパートナーと決まった友人にしかほとんど会わないし、話さないから、そうした日常生活に偏っていく節があります。一方で、東京では意識しているわけではないけれど、気がつくと映画や音楽などの外から入ってきた情報から着想していることもありますね。ざっくり言うと、東京では脳、熊本では身体を使って描いている体感はあります。理由はわからないけれど。
創作につながることで言うと、移動中に寝れないときは、長めのテキストを書いたりすることもあるんです。次の展示に向けたメモや描きたい絵のこととか。
— なるほど、それは二拠点生活ならではの時間の使い方ですね。
短く感じると言っても実際移動時間は長いし、飛行機のなかはWi-Fiも繋がらない。移動中に仕事をしようとトライしたこともあったけど、手元が揺れて全然絵が描けないですから。まだうまく言葉にできていないけれど、家にいて内省することと、移動中に内省することは、自分のなかで少しだけ違う意味を持っていて、それは少なからず作品に影響するかもしれません。
熊本にいると、知らずに受けるストレスはかなり少ない
— 熊本の町の印象についても教えてもらえますか。
熊本は東京に比べて陽が長くて、ずっと空が明るいんです。町のお店も常連になりやすいというか、東京だとお店が多いからお客さん側も一見が多いし、お店側もお客さんが多いから全員は覚えられませんよね。でも熊本は町が狭くて人が少ないし、行く店が決まってくるからか、お店の人が覚えていてくれるんですよね。常連感をもてるというのは個人的に嬉しいし、居心地の良さにつながっていますね。
それと電車に乗らなくても回れるサイズ感というのも、熊本の良いところです。自転車移動が基本だから、リラックス感のある服装が多くなりますね。東京だと何かしら公共交通機関は乗らないといけないし、町を歩けば再開発の嵐がどうしても目に付く。知らずに受けるストレスはかなり少ない気がします。
— カルチャーショックだったことはありますか?
同じ日本で、熊本と言っても市街地なので、衝撃的な出来事はそう多くないですよ。でも、食材が豊かで安くて美味しいので自炊がはかどります。そういう意味では、一番のカルチャーショックはスーパーマーケットでした。「菜の花が50円!?」みたいな。あと、茄子は茄子でも、当たり前のように、長茄子、赤茄子、とか複数種類並んでいるんですよね。
— 1人の生活者として、熊本での日々は東京と違った形で充実されていますね。今後、熊本でやってみたいことがあれば教えてもらえますか?
来年で住み始めてから5年になりますし、いつもお世話になっているという感謝も込めて、展示をやりたいですね。それをきっかけに、東京の友人が熊本に遊びに来て、街を紹介できたらきっと楽しいだろうなと思います。
ライフウィズコーヒーセット 6P
パートナーや同居人が淹れてくれる、
私にとっての大事な水分
— 普段からコーヒーは飲まれますか?
1日に1〜2杯は必ず飲みますね。絵を描いていると、水分を取るのを忘れてしまいがちで、よく心配されます。熊本ではパートナーが、東京では同居人がコーヒーを淹れてくれます。同居人はわりと濃いめの抽出なので、お湯で割ってアメリカーノみたいにして飲んでいますね。
— お好きな味はありますか?
詳しいわけではないのですが、バランスが取れていて、クセのない、コロンビアの豆をよく買っています。苦味と酸味がちょうど良い、みんなが好きな味と言いますか。
— それにしても、お湯を注ぐ所作が美しいですね。
実はオシャレなカフェでアルバイトをしていたことがありまして。1杯ずつ丁寧にハンドドリップするお店だったので、しっかり指導を受けていたんですよね(笑)。 こう見えて、バイトに全然受からず、受かってもクビになることが多かった私を、一丁前にコーヒーを淹れられるようにしてくれた、ありがたい職場でした(笑)。