UCC ひと粒と、世界に、愛を

COFFEE MEETS CULTURE
クラシック音楽のなかのコーヒー。

Dec 06.2021

かつてコーヒーは、“音楽の父”の創作意欲をも突き動かした……。 コーヒーへの愛を歌詞に託した J.S. バッハによる名曲から、 ヨーロッパ中で大流行した当時の文化や慣習を垣間見てみよう。

 

コーヒー愛が名曲を生んだ? 楽聖バッハが贈る音楽喜劇

クラシック音楽の作曲家には、コーヒー好きが多い。ベートーヴェンは、1杯ごとに60粒の豆を正確に数えて淹れるこだわりがあったとか。そして〝音楽の父〞といわれるバッハも、コーヒーの普及に大いに貢献したといえる名曲を残している。それが「コーヒー・カンタータ」だ。カンタータとは「歌われるもの」を意味するイタリア語から派生した言葉で、一種の音楽劇である。

コーヒーがヨーロッパに伝播し、ベネチアに最初の「コーヒーハウス」(当時の喫茶店)が開業したのは1645年のこと。その後数年で一気に近隣国にも波及、コーヒーの人気は社会現象となっていく。街中に次々とオープンするコーヒーハウスに入り浸る人が続出し、ロンドンでは、愛好家である夫に向けた主婦たちによる抗議デモ「コーヒーハウス反対運動」が展開されたという。

ヨーロッパで流行した「コーヒーハウス」の盛況ぶりを描いた絵画。単なるカフェではなく庶民の娯楽の場となっており、バッハも楽団を率いて定期的に演奏していた。1734年頃とされる「コーヒー・カンタータ」の初演も、ドイツ・ライプツィヒの「コーヒーハウス」にて、バッハ自ら指揮棒を振り、この風刺喜劇を観客に届けたという。

バッハの暮らすドイツには、1670年に初めてコーヒーが輸入され、1679年にはコーヒーハウスが登場。次第にブームが広がると、ロンドンでの騒動を受け、ドイツでも反対運動が勃発する……。当時バッハの周囲でも巻き起こっていたであろう、コーヒー愛好家と反対派の熱き攻防。そんな時代を背景に、後世に歌い継がれていく音楽劇「コーヒー・カンタータ」は生み出されたのだ。

J.S.バッハ(1685-1750)
18世紀のドイツで活躍した作曲家。バッハ一族は代々音楽を生業とした大一族であり、バッハ姓の作曲家が非常に多いことから、“大バッハ”とも呼ばれる。総作曲数はなんと千を超え、また彼の子どもたちも作曲家として活躍していることから、名実ともに“音楽の父“。「コーヒー・カンタータ」を残すほどのコーヒー党とされる。

物語の主な登場人物は、父親=シュレンドリアンと、娘=リースヒェン。父親の名前は「旧弊」を意味し、当時流行したコーヒーに反対する、堅物な態度を風刺したネーミングとなっている。そして、コーヒー好きの娘と、そんな娘の姿に否定的な父親とのコミカルな親子喧嘩が展開されるのだが、父親の「コーヒーをやめないと、結婚は許さんぞ」という一言に娘が動揺し、ついには折れる。実は原作はここで完結していた。だがコーヒー党のバッハは、このままではコーヒーの敗北になると思ったのか、加筆して物語を大逆転させてしまった。意気揚々と去っていく父親に、娘はそっと呟く。「でもお婿さんになる人は『コーヒーを好きなだけ飲んでもいい』と結婚誓約書にサインする人だけよ」。そして最後は「母もコーヒーが大好き、祖母も好き、誰が娘を責められよう!」と全員で歌い大円団。

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コーヒー・カンタータ(カンタータ211番)
第4曲アリアソプラノ(リースヒェン)歌詞抜粋
作詞:ピカンダー

おやまあ!なんてコーヒーは甘く美味しいのだろう。

千のキッスより愛らしい。マスカットワインよりマイルドよ。

コーヒー、コーヒー、コーヒー飲まずにはいられないの。

もしわたしを元気づけたいのなら、ああ、コーヒーを注いでくださいな!

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これぞコーヒー讃歌と言える一節。面白いのは「コーヒーは甘い」という表現で、当時は高価だったチョコレートに代わるスイーツのような存在でもあったとか。なるほど、若い娘が虜になるストーリーなのも納得だ。ちなみに作詞は、人気詩人のピカンダーが担当している。

人生の甘味と酸味が混じった、なんとも軽妙な後味!全10曲からなる組曲ながら、30分弱という、コーヒータイムに合う程よい長さだ。休日の余暇、当時の文化に想いを馳せながら、1杯はいかがだろうか。

CD『バッハ:コーヒー・カンタータ』演奏:エンシェント室内管弦楽団指揮:クリストファー・ホグウッドレーベル:ポリドール

 

教えてくれた人

伊左治 直さん

作曲家。オーケストラから新作雅楽までの現代音楽、ブラジル音楽のライブなど、さまざまな活動を展開。昨年は和太鼓集団「鼓童」と、新日本フィルハーモニー交響楽団の協奏曲を初演。日本音楽コンクール第1位、芥川作曲賞、出光音楽賞などを受賞。東京音楽大学非常勤講師。

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