UCC ひと粒と、世界に、愛を

ハワイを代表する
「コナコーヒー」の真相探訪!

Dec 04.2021

ブルーマウンテン、キリマンジァロと並び世界三大コーヒーといわれるコナコーヒー。その歴史を辿ると日本とのつながりも見えてきた。

誕生

諸説あるがハワイ諸島へコーヒーが初めて伝播したのは、1825年にオアフ島のボキ首長がリオデジャネイロからティピカ種を持ち込んだ時だと考えられている。この時はオアフ島への伝播だったが、そこから現地の牧師が1828年にハワイ島へ伝え、コナのキャプテン・クック地区で栽培したことがコナコーヒー発祥の起源となっている。本来ハワイ島はさとうきび栽培が主だったが、コナはさとうきび栽培に不向きだったため、19世紀後半を境にコーヒーへの転作が進み、ハワイにおけるコーヒー産業の中心地となっていった。

普及

害虫や精製処理などの未熟さで思うように普及が進まない時期が長く続いた。そして、 1901年にはコーヒー相場が下落したことにより、経営者だった白人などが栽培を放棄。その放棄された耕作地を当時移民としてハワイに渡っていた日本人が引き継いだ。苦難が続くなか1912年にはコーヒー相場が好転し、生産量も一気に増加。この頃には農家の80%近くを日系移民が担っていた。その後、第二次世界大戦の影響どで紆余曲折があったが1957年には生産 のピークを迎え、コナコーヒーの名が世界に広まっていった。

日系移民

日系移民が多大な貢献を果たしたコナのコーヒー産業。その契機は1885年から始まった官約移民(日本政府の斡旋により移住し、現地農園と雇用契約を締結)だった。1回目の官約移民では944名が渡航し、 1894年までの間に計26回で約29,000人が移住。移民は広島、山口、熊本、福岡の4県の出身者が96%を占めていた。移住当初はさとうきび畑で農業に従事する者が多かった。しかし、持ち前の勤勉さで働き続け、土地を購入したり賃貸するに至る。そこでコーヒー農場を始め、コナコーヒーの発展の土台を作った。

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