3 コーヒーは細胞レベルでどう働いている !?
カフェインは細胞をも覚醒させる
近年、生物に長寿をもたらす遺伝子の研究が盛んに行われ、その成果らしきものがテレビの情報番組などでよく取り上げられました。けれど、その後の追跡調査でこうした研究結果は軒並み覆されてしまいました。
ただ一つ可能性が残ったのは、“コーヒーを飲むとオートファジー[※6]が盛んになって、細胞の寿命が延びるらしい”というもの。「何だ、それ?」というところでしょう。噛み砕いてお話しましょう。日々の活動やストレスで活性酸素が体内にできてしまうのはご存じでしょうか。ストレスでできた活性酸素は細胞を傷つけ、細胞内にゴミや老廃物を生み出します。
こうして細胞が劣化すると、細胞は分裂することで新品に生まれ変わります。古い細胞が新しい細胞と入れ替わる、この現象がいわゆる新陳代謝です。ただし、細胞は何度でも生まれ変われるわけではありません。というのも、細胞の設計図にあたる遺伝子の端に、ちょこんと付いたテロメア[※7]という小さな物質が、分裂のたびに少しずつ切れ、短くなってしまうのです。テロメアを使い切ってしまった細胞はもう分裂ができず、死滅してしまいます。
ところが、近年の日本の研究で面白いことが判明。細胞の中に機能しなくなった老廃物が増えると、掃除機のような不思議な小器官がどこからともなく現れ、老廃物をリサイクル処理して新品同様の栄養素を作り、細胞にメンテナンスを促すというのです。この現象をオートファジーと呼びます。メンテができれば、細胞分裂などという難事業は避けられますから、テロメアのムダ遣いも防げます。結果的に細胞の寿命は延びるでしょう。このオートファジーを盛んにするのがコーヒーのカフェインなのではという説があるのです。
\OKA’S VOICE/
細胞レベルから身体各所まで健康効果を発揮するコーヒーは、医食同源の最たる例。
[※6]オートファジー…生物が生存するために編み出した機能。飢餓などにさらされると細胞の中に小器官が出現し、壊れたタンパク質、傷ついたミトコンドリア( 細胞内でエネルギーを生み出す小器官 )などを取り込み、別の小器官の助けを受けつつ、消化酵素の働きで細胞の材料となるアミノ酸に分解し、細胞に提供する。細胞は分裂ではなく、栄養リサイクルによる修復で延命される。
[※7]テロメア…二重螺旋の遺伝子末端の部分で、それ自体に役割はない。細胞が分裂する際に、遺伝子が削れて短くなるなどの事故から遺伝情報の喪失を防ぐため、事故の起きやすい末端に配置された“遊び”の部分。分裂のたびに少しずつ短くなるので、高齢者は短い。
4 コーヒーを飲んでアルツハイマー病をやっつけろ
記憶を司る組織にも効果を発揮する!?
脳には学習や短期的な記憶を分担する海馬という場所があります。ここが大きく健康だと生き生きとした知的活動が続けられます。ところが、強いストレスが続くと海馬[※8]は萎縮してしまいます。
しかし、動物実験でもヒトを対象とした研究でもコーヒー豆の香 りを嗅ぐと、海馬を豊かに育む物質、BDNFが血中に増えることがわかってきたのです。コーヒーの香りに魅力を感じるのは、BDNF[※9]を増やすことで、喜びや満足の感 情を豊かにする回路が海馬とつながるからともいわれています。
海馬の萎縮は、アルツハイマー病の物忘れが起こる直接の原因なので、ここが豊かになれば予防に効果的なのではといわれています。コーヒーはさまざまな症状に効果を発揮するのですね。
[※8]海馬…大脳辺縁系の一部で細長い組織。短期的記憶を司るとされ、アルツハイマー病の物忘れが最初に現れる部位で、血流不足に対して非常にもろい。
[※9]BDNF…Brain-derived neurotrophic factor、脳由来神経栄養因子の略号。近年盛んに研究されている神経成長因子でもあり、脳内に分布する神経だけでなく、末梢の神経にも作用して、ニューロン( 神経単位 )の成長を促す。
岡 希太郎(おかきたろう)先生
東京薬科大学名誉教授、東京大学薬学博士、日本コーヒー文化学会理事。著書に『珈琲一杯の薬理学』(医薬経済社)、『毎日コーヒーを飲みなさい。』(集英社)、『漫画・珈琲一杯の元気』(医薬経済社)ほか。