UCC ひと粒と、世界に、愛を

レユニオン島の幻のコーヒー
「ブルボンポワントゥ」復活物語。

Dec 06.2021

インド洋に浮かぶフランスの海外県「レユニオン島」。2つの火山がこの島を作り、豊かな自然環境と気候、風土が宿る島だ。そんな大自然の中に、かつてフランスのブルボン朝時代にルイ15世をはじめ多くの偉人たちを虜(とりこ)にした伝説のコーヒーが存在した。コーヒーの原種に限りなく近く、類いまれなる個性を持つ高貴な豆。しかし、栽培の難しさにより歴史の表舞台から姿を消してしまう。一度は歴史から姿を消したコーヒー「ブルボンポワントゥ」。それを現代に蘇らせたのは、UCCとレユニオン島、フランス本国の人々の情熱だった。7年もの歳月をかけ、人々の熱い想いが蘇らせた伝説のコーヒーの足跡をたどってみよう。

復活を夢見た人々の熱き強い想いとは?
伝説のコーヒーを探し求めて。

「1900年代半ばに姿を消したコーヒーがある」。関係者の間では、とある島でかつてブルボン朝時代のフランスで王侯貴族に愛されたコーヒーが栽培されていたことは知られた話だったが、消えてしまったものを現代に蘇らせようと思う人はほとんどいなかった。

1999年、そのとある島「レユニオン島」を UCC 上島珈琲の農地調査室のスタッフが訪れた。「レユニオン島のコーヒーは最高のコーヒー」「絶滅してしまったブルボン品種の原種」など好奇心を駆り立てる様々な噂がこの島のコーヒーには存在したそんな伝説との遭遇を夢見てユニオン島へと降り立ったのだ。

”ブルボンポワントゥ”。それが、レユニオン島にかつて存在していたコーヒーの名前で、あまたあるコーヒーとは一線を画す珍しい個性を持っていることで知られていた。「ポワントゥ」とはフランス語で「尖(とが)った」を意味する。木の形も葉も、豆までも、すべて尖った形をしていたことから命名されたといわれる。当時、存在していたコーヒーにはない特徴だった。

そもそも、この島にコーヒーの木が持ち込まれたのは1715年のこと。その当時、魅惑の飲み物だったコーヒーがオスマン帝国(現トルコ)を経由してヨーロッパにもたらされてから、およそ1世紀の歳月が過ぎた頃だった。1600年代にヨーロッパ各国に伝播(でんぱ)したコーヒーは瞬く間に各国王室や貴族を魅了し、時の権力者達はこぞってコーヒー栽培に身を乗り出した。

しかし栽培するには年間の平均気温が20℃前後、年間降雨量が1400〜2000㎜などの地理的条件が欠かせない。それらを満たす赤道を挟んだ南北緯25度以内、いわゆる「コーヒーベルト」と呼ばれる域でないと、コーヒーの栽培は難しい。そこで、ヨーロッパ各国は、赤道周辺にある自国の民地にコーヒーの木を持ち込み、栽培を試みることになった。

当時、このレユニオン島を支配下に治めていたのはフランス・ブルボン朝のルイ14世。彼の命によりレユニオン島でもコーヒーの栽培が始まった。島での栽培は順調に進展する。1730年にはコーヒー貿易が島の収益の中心になるほどだった。 そんな中、1771年に島の北東部の農園で変わった形のコーヒー豆が発見された。この頃、島では1806年にサイクロン、翌年には干ばつ・水害という、度重なる自然災害に見舞われていて、それまで順調だったコーヒー栽培に暗い影を落としていた。しかし、その変形のコーヒー豆が育つ木だけは順調に生育していたのだ。観察を続け、一般のコーヒーでは耐えられない、厳しい自然環境でも生命力を発揮していることを突き止める。しかも、その豆の味は極上だった。その後、島ではさとうきび栽培などが隆盛し、コーヒー産業は次第に縮小。ついには1942年に輸出記録が途絶えてしまい、ブルボンポワントゥは人々からその存在を忘れられていってしまったのだ。

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